学校法人 鈴蘭幼稚園

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前月までの園長のことば

すずらんの花2024年度
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10月「心はずませて」

日中は夏と変わらないような暑い日もありますが、朝夕の心地よい風に、秋の気配を感じるこの頃ですね。過ごしやすい季節になり、子どもたちも伸び伸びと身体を動かし遊びを楽しんでいます。

10月の月の主題は『心はずませて』です。少し前に玄関に置いてあったとちの実を見ている子どもがいました。「ねえ、これなあに?」と興味津々 で尋ねてきました。「これはとちの実って言って、どんぐりみたいに木になっている実だよ。幼稚園にも公園にもあるよ」と話しました。そのことをずっと覚えていたようで、先日のお帰りの時に「ねえ、ピカピカの宝物の実を、みんなで探しに行こうよ」と提案してくれました。ピカピカの実の正体を知らない子どもたちは「行きたい!」「ピカピカの宝物を絶対見つける!」と大はりきり。次の日はたんぽぽさんの宝探しになりました。

まずはあがたの森の駐車場へ。車がいるので、たんぽぽさんは少し離れた場所で待機。探しに行った教師の姿を目で追いながら「6個見つけてくるかもよ」「100個だったらみんなに配れるね」などと口々に言いながら楽しみに待っていました。戻ってきた教師の袋をワクワクしながらのぞきました。が…空っぽの様子にがっかり。気を取り直して蚕糸公園へ。「あれがとちの木だよ」と指をさすと、自然と走り出す子どもたち。殻はたくさん落ちているのに実は5個くらい。それでも「あったよ」とたくさんの殻を拾っていました。「もっとたくさんの実を拾わせてあげたい」そう思った私は、もう1度あがたの森へ行くことを誘ってみました。あがたの森へ着き、違うとちの木の下へ来ると思った通り、たくさんのとちの実が落ちていました。「あったよー」「こっちにも」「ねえみてー、こんなに大きいのみつけた」「ピカピカしているよ」あちらこちらから子どもたちの大きな歓声が聞こえてきました。

そんな中、両手を重ね私の近くに来た女の子。目が合うと、そっと手のひらにのっている1粒のとちの実を嬉しそうに見せてくれました。言葉はありませんでしたが、その子の姿から「みてみて、ピカピカの宝物みつけたよ」そんな声が聞こえてきた気がして嬉しかったです。これから秋が深まるにつれ、どんぐり、松ぼっくり、さつまいもほり…たくさんの宝物との出会いが待っています。子どもたちからどんなつぶやきが聞こえてくるのか楽しみです。

文責 柳澤

 

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9月主題「深める」

猛暑が続いた今年の夏も、ようやく朝晩の涼しさを感じるようになりました。ご家庭ではいかが  お過ごしだったでしょうか。
夏休み、あるスーパーでの出来事。急に子どもがぐずり出す声が聞こえたので、そちらに目をやると、お父さんだと思うのですが、カートに乗った子どもの手をきゅっと握っておられました。あまり見ないようにしながらも、大丈夫かと心配で雰囲気を感じ取っていると、「いいか、やたらとお店の物に触るな。買わないのに触っちゃだめだ。わかったか」とたしなめられていました。また、レジ近くでは、お姉ちゃんが少し小さい弟を後ろから抱きしめ、「いい、少しの間だけ静かにしてようね」と話して聞かせていました。社会の中でのルールを生の体験を通して知っていく子ども達。日々の生活や体験から多くを学び、また成長したことと思います。長い夏休み中のご家族のお支えに感謝いたします。

パリオリンピックが開催され、この後パラリンピックがおこなわれます。競技の放映時間が夜中だったため、子ども達はなかなか目にする機会もなかったかもしれませんが、様々な国の人々を目にし、またアスリートたちが繰り広げた熱のこもる競技に何か子ども達も感じるところがあったのではないのでしょうか。

「人間は10の力があれば、次に11あるいは12の力が必要なことに挑もうとします。この時、自分の力とやりたいことの間にギャップが生じ、心理的な矛盾が生じます。葛藤と言ってもいいでしょう。その葛藤を解消するために試行錯誤を繰り返しているうち、脳の中に新しい処理回路ができてきます。このプロセスが発達です。発達は葛藤を解消するために、あえて自分の力より少し上の事に挑むことで実現する、新たな処理回路形成の事なのです。自分の力以上の事に挑むわけですから、最初はたいてい失敗します。当たり前です。この失敗が無ければ発達は実現しません。ちょっと怪我をすることもあります。これも当たり前です。小さなけがをしながら、大きなけがをしなくなるのです」 [エデュカーレ 2023.11月号]

1学期、園でも体を動かすことを楽しみ、お友達がしていることに刺激を受け挑戦したり、していくうちに楽しくなって、「もっとしてみたい!」と気持ちが高まる姿がありました。2学期は、さらに時間をかけ、一つの物事を深めて取り組んで欲しいと思います。「こんな仕方があるよ」「こうしたら楽しいんじゃない」子ども達の発想や様々な意見も取り入れながら、遊びの深まりや広がりを楽しもうと思います。安心して身を置き、好きなことをじっくりと深め心を寄せられる時は幸せな時です。この秋、一人ひとりの子どもに、その幸せを十分に味合わせたいと思います。また、子どもの育ちは、日々の営みの中にあります。出会う遊びとそこにいる友だちや先生の姿に憧れて、「いつか自分も!」と願いをもち、見て、やってみて、体験を広げています。園は、そういう時間と空間と人間関係を大切にします。子どもの傍らにいる者として、子どものためらいや不安も受けとめ、「やってみようかな」と一歩踏み出すタイミングをとらえて教えたり、押しだすものでありたいと思います。

文責 園長 古川千尋

 

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8月「平和を祈る」

7月と8月に心に留める聖句として、マタイによる福音書5章9節『平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。』が、「礼拝のおしらせ」で案内されています。7月初めの礼拝では、この聖句のお話を聞きました。お話の中で、「平和ってどういうとき?」という問いかけがありました。戦争がない、安全、けんかしないなど思い浮かびますが、その時、一人の子が「うれしいとき」と答えました。話し手も「そうだね。嬉しい時はワクワクするね。ワクワクするって平和なんだね」と、語りかけました。その時、この“平和はうれしいとき”という言葉が私の心にすっと入り込んで、ワクワクしてきたことを覚えています。その後は「平和は一人ではつくれないんだよ。自分が平和ならいいのかな?もし、隣に悲しんでいる人がいたら、それは平和かな?自分が悲しい時に、大丈夫?って寄り添ってもらったら嬉しくなるよね」と、お話が続きました。

その数日後、子どもたちと過ごしていた時のことです。強い口調で言いあっている声が聞こえてきました。間に入って聞いてみると、これから開く音楽会ごっこで、お金(入場料)がいるかいらないかで口論になったようです。どちらも自分の思いを主張することに一生懸命になっています。そして、主張だけし合っているうちは、すれ違ったままです。けれど、落ち着いて互いの話を聞いてみると、相手の考えがわかってきました。いらないと言う子は、「ふたばさんは数字が書けないから」、いると言う子は、「先生に書いてもらえばできる」というものでした。どちらもなるほどという考えでしたが、互いの考えを聞いた結果、「じゃあ、お金ありにしよう!」と2人で決めました。

こうした思いのぶつかり合いはたくさんありますが、思いを出すことは自分を知ってもらうことであり、相手を知ることであると思います。そうして、どうしたらいいかなということを一緒に考えられるようになるのでしょう。一方で、思いがあっても出すことができない子もいます。私たちは、人は一人ひとり表現の仕方が違うということも忘れてはいけないと思います。隣にいる人はどんな思いでいるのかな、と心を寄せることができたら、それは相手を知ることにつながります。この夏、平和について考える機会が多くあると思います。うれしい平和を皆さんと一緒に祈りましょう。

文責 木下

 

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7月「心地よく」

幼稚園には鉢植えのミカンの木があります。今年はたくさん花が咲き、香しい匂いが新鮮でした。実がつく様子も観察できたらと外に出しておきましたが、アゲハ蝶が産卵。一本の木は早めに園内に入れて観察を始めました。残った一本で孵化した幼虫を狙いスズメバチが飛んでいるのを発見!(アシナガバチやスズメバチは上手にアオムシを肉団子のように丸めて拉致します)室内に入れた2本のミカンの木とヘンルーダというハーブに移した幼虫が30匹程育ち、貴重な瞬間にもたくさん出会いました。

一つ目は、黒色の4齢幼虫(黒白模様の幼虫。鳥の糞に擬態してる)が緑色幼虫に変化する様子。「ほら脱いでいるよ」体を器用にウェーブさせて黒い洋服を脱ぐ様子は結構な速さで、見逃した人は・・残念!そしてもう一場面は、アオムシから蛹(さなぎ)になる様子。体を固定させ縮こまったアオムシ(前蛹)がピクピク体を揺すり、体にかけてある糸を上手にすり抜けて脱皮する姿です。結構動くので、一匹変態する途中下に落ちてしまった幼虫もいました。

しかし、あれ程蛹がいたにもかかわらず、蝶に羽化する場面には一度も出会えずじまい。「ほら、蛹の体が透けて羽の模様が見えてきたから、もうすぐチョウチョに変わるよ」と皆にも伝え、15分毎に2階から降り観察していても、羽化する瞬間には見逃してしまいました。(物音の聞こえない静かな時に羽化する傾向があるようです)玄関から、2階ベランダの窓ガラスまで登って羽化した蝶もいたので、驚異的な移動距離です。子ども達も玄関を通るごとにアゲハの生態を気にする様になりました。

寄生バチ、クモ、カマキリ、鳥などにも狙われ、風や雨など過酷な環境の中でアゲハ蝶の羽化率は0.6%と言われています。親のチョウは幼虫が食する葉を足先にある器官で見分けて産卵し、子どもが餌の葉の取り合いをしないよう、一枚の葉に一個ずつ卵を産みます。でも親のチョウができるのはここまで。その後、幼虫は自力で成長し、1㎜程の卵から困難を乗り越えて蝶に成長するのです。アゲハの飼育をしながら、自然への興味関心が深まるのと同時に、神様が備えてくださる計り知れない生命力に圧倒されました。

「心地よく」・・子ども達が、初夏の時期を心地よく過ごすために配慮すべき点はたくさんあります。と同時に、大人になり社会人として心地よく暮らし生きていくために子どもに身に付けて欲しい資質とは何でしょう。神様が沢山の賜物(タラント=才能)を一人一人に備えてくださっています。大人があれこれ手を出しすぎ、過保護にしてしまう事の無いようにしなくてはなりません。備わっている資質が十分発揮できるよう、まずは子どもが安心感に包まれ、その子らしく過ごせているという感覚を得る事が大切です。次に、一歩踏み出す姿を支え、もし失敗しても戻って来ることのできる基地を備えておくことが重要です。「何かあったら、あそこに行けばいい」という見通しに支えられることが、自発的な探索や冒険・新しい物への挑戦につながるからです。興味のある事に関わっていく中で、自分で考え深めたり、友達とコミュニケーションを取り楽しさを共有したり、時には思いをぶつけ合い互いの違いを認める力を育みながら、心地よく生きるすべを身に付けて欲しいと祈ります。

文責 園長 古川千尋

 

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6月「みつける」

幼稚園に、こいのぼりがあげられると「こいのぼりが泳いでいるね~」と子どもたち。こいのぼりくぐりを楽しんだり、歌や絵本でこいのぼりに親しみを持ったりと5月ならではの時を過ごしています。

だんだんと幼稚園生活に慣れてきたたんぽぽさんの姿を嬉しく見つめています。門前でお家の方と離れて、寂しさや不安を抱えながら一歩ずつ歩き進める子どもたちは強いなと感じる毎日です。月主題の「みつける」では、自分の思いを言葉だけでなく、笑ったり泣いたりして表情や姿であらわす、という願いが込められています。入園から1ヵ月が経ち、お友だちの名前を覚えて声を掛ける姿や、遊ぶ中で楽しい発見を教師や友だちに共有している姿が増えてきました。

たんぽぽさんでお散歩に行った時は、お花を花束のように摘んだり、鳩を捕まえようと追いかけたり、目に見えるもの全てに心と身体を動かして笑顔絶えず楽しんでいました。手を繋ぐことを嬉しそうにしている子や、蟻がいたことに喜ぶ子…子どもたちは大人が思っているより、小さな発見も楽しんでいるのだと感じました。

まだまだ、言葉数は少ないたんぽぽさんですが、教師として表情や姿を捉え、どんなことに興味・関心を持って好きなことを見つけているのかを、これからも見守っていきたいと思います。

文責 深澤

 

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5月主題「うごきだす」

新学期が始まり、園内のあちこちから子どもたちの元気な声が聞こえてくるようになりました。進級児、進入児ともに、新しい環境で過ごし始めて数日間。ひとつ大きくなったことに喜びを感じながら張り切って過ごしている子がいれば、少し不安な表情でこちらを見つめてくる子もいます。“昨日は笑顔で過ごしていたのに、今日は朝から涙目・・・”というように、日毎に、またはその場面毎に、気持ち(心)が揺れ動く瞬間がたくさん見られる時期ではないでしょうか。

先日、気持ちの良い日差しに誘われて、園庭へ出掛けていく女の子がいました。お砂場でお料理を作ったり、ジャングルジムに登ったりするのではなく、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返しています。その様子を見て、何か遊びに誘おうかなと思っていたところ、「せんせい、ちょっとついてきて。すてきなものみつけちゃった!」と呼びに来てくれました。女の子が伝えてくれている“すてきなもの”とは・・・。ブランコ側に咲くスイセンから、滑り台の後ろに植えたヒヤシンスやクロッカスなど、園庭中に咲いているお花の数々でした。その中のひとつに、昨年度のたんぽぽさんが新しいたんぽぽさんの為にと植えていたチューリップもあります。「きれいでしょ?」と嬉しそうに話す女の子は、園庭中を歩き回りながら何種類ものお花に目を向けていたことが分かりました。これといった遊びをしている訳ではないので、一見何もしていない(遊んでいない)ようにも見えますが、神さまが造ってくださった美しい自然に心を動かされ、関心を持って動き出していたのです。

“子どもたちは、植物と同じように、まず安心して根を張れる場所なのかどうか自分の心と体で感じ取り、根を伸ばし、その根に支えられて少しずつ外の世界にも目を向け始める”と、キリスト教保育誌に記載がありました。子ども一人ひとりにも、それぞれのペース、タイミングがあることを覚えます。

5月は、全園児でお散歩や遠足にも出掛けて行きます。見たり触れたりできる身近な自然に感謝しながら、心の動きにゆったりと寄り添い毎日を過ごしていきたいものです。

文責 髙附

 

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4月主題「出会い」

ようやく春が訪れを感じるこの頃。いつもは春休みに咲き終わってしまうコブシも、今年はきれいに咲く白い花を見ながら新学期が始まりそうです。御入園、ご進級のみなさん、おめでとうございます。

この時期、登降園時の道すがら梅の花がきれいに咲いています。「こんなの落ちていたよ」緑色のまん丸の実を見せてくれた男の子。「それは梅の実かもね。お口に入れると危ないし、食べるとおなかをこわすから気を付けてね」「わかってるよ、お母さんも言ってたもん。梅干しなら大丈夫」そんな会話から、歩く道々で、お家の方がお子さんに知恵を手渡す様子をうかがい知る事ができました。

園への足取りが少し重たかった女の子。しばらくすると、「先生、はい」道路わきに咲くタンポポやヒメオドリコソウを、朝持ってきては手渡してくれるようになりました。「先生に渡したら喜んでくださるかもって話したら、毎日朝が楽しみになったんです」とお家の方がそっと教えてくださいました。一工夫されるお家の方に頭が下がる思いを感じ、また、自然の恵みが、人との出会い、つながりを深めてくれる時があることを覚えます。

子どもも大人も、新しい環境に出会うと戸惑う事があったり、足踏みしてしまう事がありますね。反対に興味をもって新鮮に受けとめ、刺激を心地よく感じたり、新しい出会いに、「自分の中にこんな感情が芽生えている」と気づく時もあります。どうしたら前向きになれるかと考える時間も、前向きになれない時もあるという事を知るのも、子育てにとっては尊い時間です。「子どもの姿を思いやる感情がある私」、そして、「子どものころ、同じように思いをかけられて育ったきた私」を思いめぐらす時間が与えられているのです。 お子さんの様子については、じっくり考えている、敏感に感じていると捉え、その姿を支えていきたいと思います。

「わたしをお遣わしになった方は、わたしと共にいてくださる。わたしをひとりにしておかれない。 ヨハネによる福音書8章29節」

わたしたちをこの世界にお遣わしになった神様は、わたしたちと共に笑い、わたしたちとともに泣いてくださる方。どんな時もわたしたちを見守り導いてくださる方です。様々な状況の中で、足りないことは補い合い、子ども達、お家の方、教職員みなでつながりながら、出会えたことを感謝できるような一年としていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

文責 園長 古川千尋

 

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