学校法人 鈴蘭幼稚園

トップ > 鈴蘭幼稚園って? > 前月までの園長のことば

前月までの園長のことば

すずらんの花2018年度
4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月

2017年度の園長の言葉 »
2016年度の園長の言葉 »2015年度の園長の言葉 »2014年度の園長の言葉 »
2013年度の園長の言葉 »2012年度の園長の言葉 »2011年度の園長の言葉 »
2010年度の園長の言葉 »2009年度の園長の言葉 »2008年度の園長の言葉 »


10月「取りくむ」

かつてないほどの暑い夏が過ぎ、すっかり秋の風に包まれています。しかし、自然災害の脅威からは免れ得ません。9月は、北海道で大地震がありました。他にも、不安に思ったり、心痛める出来事が続いています。関係される方々の慰めと平安を祈ります。

さて、秋のバス遠足では、スカイパーク子供広場で、子どもたちはいろいろな遊具で遊びました。バッタやトンボ、チョウを追いかけたり、かくれんぼや鬼ごっこもしました。丸太わたりやスカイロープで遊ぶ子どもたちが、「見てて」と声をかけてきました。

誰かが自分を見ている、知っていてくれる、ということは、子どもに大きな安心感を与えるのではないでしょうか。特に愛する人に見られているということで、子どもは新しいことにチャレンジする勇気が与えられるに違いありません。それは、子どもだけに限ったことではないはずです。大人であるわたしたちも誰かに知っていてほしいことがあると思います。そして、たとえ人は知らないことでも、神様がわたしたちを知っていてくださるのです。その神様を知るとき、私たちは恐れから自由にされ、平安のうちに自分の課題に取りくむことができます。

今月の聖書の言葉は「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。」(コリントの信徒への手紙一3章6節)です。子育てにおいても、最後に成長させてくださるのは神様の業である、と知るならば、育てる側にも平安が与えられることでしょう。すべてを自分のせいだと責めたりする必要はありませんし、自分を過信したり、自分を卑下することから解放されるからです。

そして、もうすぐ運動会です。子どもたちが、体を思い切り動かして取りくむ姿をしっかりと見ておきたいものです。親に見られていることで、安心感と勇気を得ていくように。その取りくんだことが自信につながるように。

 

↑ PAGE TOP

 

9月「弾む」

この夏は、かつてないほどに暑く、また台風など豪雨の被害も各地でありました。被害にあった方々の一日も早い回復をお祈りしています。
さて、夏休みが終わりました。子どもたちにとって、またご家庭にとって楽しい思い出ができたでしょうか。

夏のお預かりで、子どもたちの様子を見ました。みんなで水遊びをしている時でも、一人で虫を探す子や、図鑑に夢中な子がいたり、ひとりひとり、自分の思いのままに過ごす様子にうれしくなりました。厳しい夏であろうとなかろうと、子どもたちは、興味のあることに心を動かし、身体を弾ませます。弾む心と体は、生きる力にあふれているしるしです。そして、私たちは、その生きる力を与える人や自然など様々な出会いを用意できればと思います。

さて、9月の聖句は「ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。」(ルカによる福音書19:6)です。ザアカイは、ローマ帝国のために税金を徴収する役人のトップでした。それゆえ同胞のユダヤ人からは憎まれ、仲間外れにされていました。そのザアカイにイエス様が「今日、あなたの家に泊まりたい」と声をかけられたのです。木の上からイエス様を見ていたザアカイは、その言葉に心弾ませて急いで降りてきたのでした。

9月も、喜びに満ちた出会いが、子どもたちを待っています。運動会の準備も始まります。心と体を弾ませた子どもたちのチャレンジがはじまります。

 

↑ PAGE TOP

 

8月「ゆったりと」

暑い日々が続くさなか、夏休みに入ろうとしています。
ご家庭でも旅行や楽しい計画があることでしょう。子どもたちと楽しい思い出をつくることはとても大切なことです。
しかし、特別なことだけでなく、子どもたちが日々リズムをもって暮らすことが大切です。

一方、猛暑とあわせて西日本豪雨被災地の様子に、子どもたちも心を痛め、お祈りをしています。この世界には多くの災害があります。ある人は「災害の対極にあるのは災害のない社会ではない。災害があっても助け合うことができる社会だ」と。思いがけないことは誰にでもありますが、どんな状況でもひとりぼっちでないことを知っている人は希望を持っていきることができます。イエスさまは恐れる弟子たちに「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」(マルコ6:50)と言われました。イエスさまが一緒にいてくださるので、ゆったりとした落ち着いた安心に導かれます。

いちょうさんは、サマーキャンプを終えて、お友だちと一緒だと安心だ、という気持ちが与えられました。他の人のことを自分のことのように考えることができる気持ちも芽生えたのではないでしょうか。

平和な日々に感謝するとともに、平和を脅かすことが多々あります。子どもたちの心の奥底に新しい出会いやチャレンジを恐れない安心に満たされるように、愛の交わりを育みたいものです。

 

↑ PAGE TOP

 

7月「交わる」

梅雨に入っています。季節外れともいえるような台風があったり、大きな地震があったり、思いもかけない事件で、人のいのちが奪われていく現実がありました。わたしたちは揺り動かされています。その中で、ただ立ちすくむしかなかったり、その現実を他人ごとにしていくしかないのでしょうか。

イエス様は、そのような現実の中でこそ祈ることの大切さを教えられます。イエス様の弟子たちは「主よ、…わたしたちにも祈ることを教えてください」(ルカによる福音書11:1)と願いました。「祈り」とはなんでしょうか。まず「祈り」は教えられるものだ、ということです。心に湧いてくる願望や期待だけが「祈り」ではなさそうです。イエスさまは弟子たちの求めに応じて、「主の祈り」を教えてくださいました。そこには、赦すこと、とりなすこと、神さまの御心がなることを祈ります。一方、祈りは、感謝や賛美や驚きに裏打ちされています。様々な出来事があっても、神さまに守られ導かれている驚きは、賛美や感謝を生み出し、神さまへの信頼を強めます。祈りは神さまとの信頼関係を持つことです。

子どもたちは、身の周りのことに信頼しています。生まれてすぐに自分を抱っこし話しかけてくれる存在を通して安心感を得てきたはずです。親や家庭の交わりの中でその信頼を育んできたことでしょう。さらに、幼稚園での友だちや先生との交わりを通して、その信頼がさらに強められていきます。

幼稚園では、信頼がただ人との関係の中だけではなく、自分を取り囲むすべての世界に開かれていくことを願います。信頼をもって揺るがない平安の中に生きること、それがこの世界を生き抜く力になるからです。生きる喜びは、信頼ある交わりを通して培われます。

そして、愛の交わりの中にある人すなわち「愛されるために生まれ、愛するために生まれてきた」と言える人こそ、希望ではないでしょうか。

 

↑ PAGE TOP

 

6月「感じる」

草花や木々の新緑が鮮やかです。先日の遠足でこどもたちと北アルプスのすばらしい眺めに臨みました。また、燕の巣作り、子育てがはじまりました。古い巣にやってきたり、新しい巣をつくるものもいます。夏が近いことを感じます。
こんなとき、次の言葉を思い起こします。
「一羽の燕が春を呼ぶのではない、と言われる。しかし、すでに春を感じた燕は、飛び立つことなくじっと待つことなどできようか」

誰かと足並みをそろえることばかりに気持ちが向くと、自分らしさを見失ってしまいます。感じたままに表現したり、感じたことをもとに動いていくことが大切な場合もあります。
さて、イエス様は言われます。「空の鳥をよく見なさい。…あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる」と。(6月の主題聖句。マタイによる福音書6章26節 新約聖書10ページ)

幼稚園では、この季節、子どもたちに自然に親しんでほしい、と願いますが、そんな願いをこえて、子どもたちはいつだって自然に心を向けているようです。先日も、つつじの花を集めたり、だんごむしやアゲハの幼虫やさなぎに興味をもち、カマキリの卵がかえったことなどに心動かしている様子を聞きました。新しい葉っぱは「ふわふわしてるから触ってみて」という子どもいました。
一方、子どもたちをとりまく状況は、決して楽観できるものばかりではありません。先ほどの聖句に続いてイエス様は「だから、思い悩むな。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、すべては与えられる」と言われます。それは、思い悩みに押しつぶされるのではなく、神様が望まれる世界を求めることに意義があることを示します。

他者を思いやる感性は、自然から深く感じとる心とも関係があります。子どもたちは、より大きな未来を生きる存在です。その未来が、平和でありますように、神様の望む世界でありますように、と祈るとともに、おとなであるわたしたちも、その子どもたちとともに未来をつくる感性を育むことができればと願います。

 

↑ PAGE TOP

 

5月「動く」

「風薫る五月」と言われます。青葉の間を吹き抜けるさわやかな風を感じます。
風に包まれて、子どもたちは、いたるところで遊んでいます。階段の下で、おうちごっこ、園庭でどろだんごをつくっていたり、「おやま」やジャングルジムに上ったりしています。静かに、ピアノを聞かせてくれる子もいます。
たんぽぽさんはもちろんのこと、いちょうさん、すみれさんだって、この4月の環境の変化にとまどったことでしょう。でも、今は慣れつつあります。

そこで、ゴールデンウィーク。緊張した心と体をときほぐしていけたらいいですね。
さて、5月の幼稚園では、たんぽぽさんのお弁当がはじまります。遠足もあります。そして礼拝もはじまります。
礼拝では、体よりも心を動かす時だと、言えるでしょう。お祈りに心を合わせます。さんびかを歌い、イエス様のお話を聞きます。神様とお話する時間を持ちます。

でも、すんなりとその時間を持てるとはかぎりません。礼拝のある日は幼稚園に行きたくない、という子どももいます。でも大丈夫。神様がかならず導いてくれます。違和感を感じたり、変化のあるところには、人の成長の鍵が隠されているものだからです。
教会では、ペンテコステという時を迎えます。この日は、イエス様のお弟子さんたちが、聖霊を受けて、世界中にイエス様のことを伝え始めたことを覚えます。聖霊という言葉は、「風」「息」と訳すこともできます。神様からの風が、お弟子さんたちに勇気をあたえ、外に動き出す力を与えたのです。

考えてみると、わたしたちが、地面を自由に歩いたり駆けたりできるのは、揺るがない大地があるからです。そのように、揺るがない神様の愛があってこそ、体と心を自由に動かすことができます。神様からの風は、ひらめき(インスピレーション)という形でもやってきます。

子どもたちは、その風に吹かれて、外の世界だけでなく内なる世界にむかっても心動かされる時を迎えます。自分の好きな人と出会ったり、好きなことを発見したり、興味をもったり、かかわろうとするでしょう。
子どもたちを見守るわたしたちも、風に導かれて、自分自身の心と体をも動かす時です。
神様の祝福と導きの中で、この5月も過ごすことができますように祈ります。

 

↑ PAGE TOP

 

4月

梅が花開かせ、桜の花も盛りを過ぎました。日が長くなり、初夏かと思うほどの陽気があります。
寒かった冬の日々に比べると、なんとなく気持ちが前向きになります。
温かな日差しに包まれると、心がうきうきするように、温かな人の思いに触れると、わたしたちの気持ちも温かにされ、前向きになるのではないでしょうか。

今年度のキリスト教保育の年主題は「イエス様と共に生きる~愛の交わりの中で」で、主題聖句は、「愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。」(ヨハネの手紙一 4章11節)です。また、4月のテーマは「包まれる」です。「鈴蘭」では「たんぽぽ」さんが入園します。これまでの「たんぽぽ」さんが「すみれ」さんに、「すみれ」さんが「いちょう」さんになりました。それぞれに大なり小なり新しくなっています。こどもたちは、愛に包まれてこそ、日々を楽しくうれしく過ごすことができます。やんちゃに飛び回っていても、反対に、しずかに自分だけの世界に入り込んでいても、誰かの愛に包まれている安心感があるからこそできることです。ご両親の愛、ご家族の愛、友達や先生の愛に包まれていることが大切です。その安心感こそ、希望をもって過ごすための土台です。この幼稚園が子どもたちにとって安心できる場所であるように努めます。それだけでなく、この世界も、子どもたちにとって安心できる場所であるように、と願います。

一方、大人であるわたしたちも子どもたちをいつでも包み込めるほど愛に満ちているわけではありません。この社会においても愛とはほど遠い出来事が起こっています。
だからこそ、神様の愛に包まれる必要があります。人は愛に包まれてこそ、他者を愛することができるからです。子どもたちが愛に包まれるように、わたしたちが学ぶこともあるはずです。
今年度もよろしくお願いいたします。

 

↑ PAGE TOP